【代表コラム】
お祓いより先に、
やってほしいことがある。
解体前のお祓いは、やってもやらなくてもいい
まず最初に断っておきたいんですが、お祓い自体を否定する気は、まったくありません。
家にも魂が宿るとか、土地の神様への礼儀とか、そういう考え方を僕は否定しません。むしろ、人類が大昔からずっと続けてきた営みなので、深い意味があるんだと思います。お祓いをすることで気持ちが落ち着く、ご家族の納得感が得られる──そういう価値もあります。
一方で、お祓いをしないからといって、何かが「悪い」わけでもありません。家を取り壊すという行為を、どう自分の中で着地させるかは、人それぞれです。神社にお願いする人もいれば、家族で手を合わせるだけの人もいる。何もしない人もいる。正解はないんです。
ただ、これまで多くのご家族とお話しさせてもらった中で、ひとつだけ気づいたことがあります。お祓いをした人もしなかった人も、解体が終わったあとに、共通して「あれをやっておけばよかった」と言うことがあるんです。それを今日は伝えたい。
家に「ありがとう」と、声に出して言ってほしいんです
お祓いをするしないに関わらず、解体の前にやっておいてほしいこと。それは、家族みんなで家に行って、家に「ありがとう」と声に出して言うことです。
儀式じゃなくていいんです。形式ばらなくていい。神主さんを呼ばなくていい。ただ、家族で家の中に立って、声に出して「ありがとう」と言う。これだけでいい。
僕も、祖母の家を撮影し終わったあと、家のキッチンに立って、家に頭を下げました。「ありがとうございました」と、声に出して。誰に見られるわけでもないし、家は人間じゃないから返事もしません。でも、そうせずにはいられなかったんです。
築100年近く、何世代もの家族を見守ってきた家。お正月に親戚が集まる場所を提供してくれた家。子どもたちが育った家。その家がもうすぐなくなるのなら、せめて自分の口で、感謝だけは伝えたかった。
「いただきます」と「ごちそうさま」と、同じ感覚です
家にありがとうと言うって、変なことに聞こえるかもしれません。でも僕にとっては、食事のときに「いただきます」「ごちそうさま」を言うのと、同じ感覚でした。
「いただきます」って、誰に向けて言ってるんでしょうか。料理を作ってくれた人? 食材になった動植物? 食事ができる環境? たぶん、そのどれでもあって、どれでもない。当たり前のように受け取ってきた何かに対して、最後に一度ちゃんと頭を下げる。それが「いただきます」だと、僕は思っています。
家にありがとうを言うのも、同じです。家に魂があるかどうかは、わかりません。でも、何十年も自分たちを守ってくれた相手に、最後にきちんと頭を下げないのは、なんだか違う気がするんです。
これは宗教でも儀式でもなく、ただの礼儀です。お祓いより、ずっと素朴で、ずっと大事な礼儀。
家族で集まって、家を歩いてほしい
もう一つお願いしたいのは、解体前に、家族で家に集まって、もう一度ゆっくり中を歩いてほしいということです。
みんなで台所に立ってみる。みんなで縁側に座ってみる。みんなで自分の子ども部屋だった場所に行ってみる。そして、それぞれが覚えていることを話す。
「ここでお父さんが新聞読んでたよね」「この台所、お母さんがいつも忙しそうにしてたよね」「この部屋で兄弟ゲンカしたよね」「お正月に親戚が集まると、ここに座りきれないくらいだったよね」
そういう会話を、もう一度、家の中でやっておいてほしい。これができるのは、家がある最後のチャンスだからです。
更地になったあとに「あの台所でお母さん料理してたよね」と話しても、何かが違うんです。家の中で、その場所に立って話すから、思い出が立体的に立ち上がってくる。
そして、その日を、歩ける形で残しておいてほしい
家族みんなで集まって、ありがとうを言って、思い出を話した、その日。それも記録として、歩ける形で残せるんです。
みんながどこに立っていたか、どういう順番で部屋を回ったか、どんな光が差し込んでいたか。そういう「最後の家族集合の日」の風景ごと、空間に焼き付けることができる。
これは、何十年経っても、ご家族にとっての宝物になります。「あの日、家族みんなで、この家に来た」という事実が、空間とともに残り続ける。それは、写真の中の一瞬とは、まったく違う重さを持ちます。
解体の日に向けて、家族みんなのスケジュールを合わせて、最後にもう一度集まる──これは間違いなく、お祓いより、ずっと深い儀式になります。
解体の日が近づいているあなたへ
解体の日が決まって、業者さんとの打ち合わせも済んで、あとは当日を待つだけ。そんな状態の方も、たくさんいると思います。
その前に、ひとつだけ。お祓いをするかどうかで迷っている人も、しないと決めている人も。家族で集まって、家にありがとうを言う日を、一日だけ作ってあげてほしいんです。
難しい段取りも、特別な準備もいりません。家族の都合をすり合わせて、一緒に家に行って、ゆっくり歩いて、声に出してありがとうを言う。それだけでいい。
そしてもし可能なら、その日を、歩ける記録として残しておいてほしい。家族みんなが集まれた、その瞬間ごと、空間に残しておく。それは、解体後のご家族にとって、間違いなく支えになります。
話を聞くだけで構いません。「撮っておいたほうがいい気がする」──その感覚のままで相談してもらって大丈夫です。
株式会社Leoline代表 畠山 琢

