【代表コラム】
生まれ育った家が、
なくなるということ。
「生まれ育った家」は、ただの家じゃない
家には、色々あります。いま住んでいる家、仕事で住んだ家、一時的に借りた家。そして、生まれ育った家。
同じ「家」という言葉で呼ばれているのに、重さがまるで違うんですよね。僕の父にとっての苫小牧の実家は、ただ幼少期を過ごしたというだけの場所じゃありません。自分という人間の形が作られていった場所。両親がそこにいて、兄弟がいて、近所の子と遊んだ記憶がある場所。自分がどこから来たのかを、いつでも確認できる場所。
父は大学で苫小牧を出てから、青森、東京、そして今は埼玉に住んでいます。もう50年以上、苫小牧には住んでいません。それでも毎年「実家に帰る」と口にしていました。
「住んでいた場所」は、過去のことです。でも、「生まれ育った場所」は、今も自分とつながっている。だから人は、もう何十年も住んでいない家を、いまだに「帰る場所」と呼ぶんです。
更地になったあの場所に、立った日
実家の解体が終わり、しばらくしてから、僕はその場所に立ちました。
築100年近い家が、そこにあったんです。祖母が毎日いて、お正月になると親戚が集まって、子どもの頃はだるまさんが転んだをやっていた、あの家が。
それが、ない。
ただの土地でした。雑草がぽつぽつ生えて、地面がならされていて、区画の輪郭だけが残っていて。建物の影も、玄関の段差も、何一つ残っていない。
写真で見るのと、実際にそこに立つのとでは、感じるものがまったく違うんです。写真なら「ああ、更地になったんだな」で済む。でも現地に立つと、自分が知っている空間の体積が、そこからそっくり抜け落ちているのが、体でわかる。
なんと言えばいいんでしょうか。時間そのものが、削られたような感覚でした。
三兄弟、それぞれの抱え方が、違っていた
畠山家の三兄弟──長男・健(僕の父)、次女・幸子、三男・孝。同じ家で育った三人が、家の解体というひとつの出来事に対して、違う抱え方をしていました。
父は、静かな人です。だから「帰るところがなくなった」という一言だけで、ほとんど多くを語りませんでした。でも、VRを見せたあとに、誰に頼まれたわけでもないのに家の歴史を書きはじめた。あれがきっと父なりの抱え方だったんだと思います。
叔父の孝は、逆でした。解体が決まる前から「なんとかならないか」「この家を残せないか」と、何度も口にしていた。言葉で外に出すタイプだったんです。
叔母の幸子は、また違う形で受けとめていたと思います。
同じ家で育った兄弟なのに、家の最後の迎え方が、三人とも違う。それは、一軒の家が、その人にとっては「それぞれ別の家」だったからなんだと思います。父が覚えている家と、叔父が覚えている家と、叔母が覚えている家は、同じ建物だけど、中で起きたことも、見ていた景色も、関係してきた人も、全部少しずつ違う。
家というのは、そこにいた人の数だけ、別の顔を持っているんですよね。
「二度と戻れない」の、本当の意味
更地に立って、しみじみ感じたことがあります。二度と戻れない、というのは、建物のことだけを言っているんじゃない。
あの家に帰れば会えていた祖母は、もういません。あの家でだるまさんが転んだをやっていた、子どもの頃の自分も、もういません。親戚みんなが集まってお正月を過ごした、あの時間も、もう戻らない。
家が消えるというのは、その家に結びついていた、すべての時間とすべての人との接点が、いっぺんに遠くなるということなんです。だから、生まれ育った家がなくなることは、ただの不動産の話で終わらない。人がそこまで揺さぶられるのは、当たり前のことだと、僕は思っています。
でも、記憶だけは、何度でも戻れる
建物は、二度と元には戻りません。それは事実です。
でも、あの家にあった時間や、あの場所にいた人たちの記憶は、消えていません。人の中にはずっと残ります。思い出せれば、人はその場所に、何度でも戻れるんです。
僕がこの仕事でやっていることは、その「思い出せる入り口」を、建物がなくなったあとも、残しておくことなんです。写真でも動画でもなくて、歩ける形のままで。
生まれ育った家の、どの部屋でも、どの角度からでも、もう一度見られる。そういう入り口を残しておけば、三兄弟それぞれが覚えている「別の家」にも、それぞれがもう一度戻ることができます。
同じ家を、違う形で抱えている、あなたとご家族へ
実家の解体を前にして、家族の中で温度差を感じている人は、たぶん多いと思うんです。
壊すことを現実的に進めたい人もいる。感情的に踏ん切りがつかない人もいる。思い出に浸ってしまって動けない人もいる。淡々と片づける人もいる。
どれが正しい抱え方、ということはありません。同じ家が、その人にとってはそれぞれ別の家なんです。覚え方が違って当然です。
ただ、ひとつだけ言えることがあります。建物が更地になってしまったあとでは、もう誰も、あの空間には戻れません。写真をどれだけ並べても、歩いていた感覚は戻ってこない。三兄弟それぞれの、別々の記憶の入り口も、そこで永久に閉じてしまう。
解体の日程が決まっていても、工事が始まる前であれば、まだ間に合います。まずは話を聞くだけで構いません。「撮っておいたほうがいい気がする」──その感覚のままで相談してもらって大丈夫です。
株式会社Leoline代表 畠山 琢

