【代表コラム】
僕たちが「空間記録」と
呼ぶ理由。
「写真」「動画」「VR」では、伝わらないものがある
うちのサービスを説明するときに、「VRで家を撮影します」と言ったほうが、たぶんわかりやすいです。多くの人がVRという言葉は知っているし、技術的に何をやっているのかも、想像がつく。
でも、僕はその言い方をしたくないんです。なぜなら、「VR」と言ってしまうと、お客様の頭の中で、それはゲームやアトラクションと同じ箱に入ってしまうから。
VRゴーグルをつけて、ジェットコースターに乗って、ドラゴンを倒す──そういうエンターテインメントとしてのVRと、僕がやっている「家族の家を歩ける形で残す」という行為は、技術としては同じでも、意味がまったく違います。
同じ箱に入れてしまうと、お客様の中で「楽しい体験」として処理されてしまって、本来の重さが伝わらない。それが、僕にはずっと違和感だったんです。
「記録」という言葉の重さ
そこで僕は、自分のやっていることを「記録」と呼ぶようになりました。
記録という言葉には、エンターテインメントには絶対にない重さがあります。歴史を残す、事実を残す、消えていくものを後の世代に伝える──そういう、人類が大昔からやってきた行為と同じ系列の言葉です。
僕がやっていることは、楽しい体験を作ることじゃない。消えていくものを、消えていく前に、ちゃんと残しておくことです。だから「記録」のほうが、ずっとしっくりきます。
古文書を残す。歴史的建造物を保存する。文化財を未来に伝える──そういうことを、人類はずっとやってきました。僕たちがやっているのは、そのスケールを「家族の家」まで広げただけのことなんです。一軒の家にも、その家族にとっての歴史があり、文化があり、価値があります。それを残すことは、人類がやってきた「記録」と、本質的には同じだと思っています。
なぜ「映像」じゃなくて「空間」なのか
もう一つ、「空間」という言葉にもこだわりがあります。
「映像記録」だったら、写真や動画が思い浮かびます。でも、僕がやっているのはそうじゃない。歩ける場所そのものを残しているんです。
映像は、見る人が画面の前に座って、それを眺めるものです。視点は撮った人が決めている。見る人は受け身です。
でも空間は違います。残すのは、画面の中の絵じゃなくて、そこにあった「場所」そのものです。見る人は、その場所の中に入って、自分の意志でどこを見るか決められる。台所の奥を覗き込んでもいいし、天井を見上げてもいいし、窓の外をじっくり見てもいい。体験ではなく、場所が残っている。これは映像とは根本的に別物です。
だから「映像記録」ではなく「空間記録」と呼んでいます。残しているものが、文字通り、一つの空間まるごとだから。
名前を変えただけで、お客様の受け取り方が変わった
ある時期に、僕はお客様への説明を「VR撮影」から「空間記録」に切り替えました。やっていることは同じなんですが、言葉だけ変えたんです。
そうしたら、明らかにお客様の反応が変わりました。
「VR撮影」と言っていたときは、「ふーん、そういう技術があるんですね」「楽しそうですね」「孫が喜びそう」みたいな反応がほとんどでした。
「空間記録」と言うようになってからは、「それ、うちもやっておいたほうがいいかもしれない」「親が亡くなる前に、ぜひお願いしたい」「実家を残しておくって、そういうことなんですね」と、急に話の温度が変わったんです。
同じ技術なのに、呼び方ひとつでお客様の受け取り方が変わる。言葉が、人の認識を作るということを、強く実感した経験でした。それ以来、僕はうちのサービスを「VR」と呼ぶことを、ほぼやめました。
「楽しい体験」ではなく、「残す行為」として届けたい
僕がうちのサービスを「空間記録」と呼ぶ理由は、結局のところ、これに尽きます。
これは「楽しい体験」を作る仕事じゃありません。失われていくものを、失われる前に、ちゃんと残しておく仕事です。一回やっておけば、何十年先まで、家族みんなが何度でも戻れる場所になります。それは、楽しいかどうかとは、別の次元の価値です。
ご祖父母が大切にしてきた家。何代にもわたって続いてきた家業の建物。子どもたちが育った実家。これらは全部、その家族にとっての「文化財」です。文化財には、文化財にふさわしい残し方があると、僕は思っています。それが「空間記録」です。
「うちはVRなんて大げさだから」と思っているあなたへ
VRという言葉に、構えてしまっている人が多いんです。「うちはそんな大げさなものじゃなくていい」「ハイテクすぎて使いこなせない」と。
でも、これはVRゴーグルをつけて何かする、ような大げさな話ではありません。スマホやタブレットの画面で、家の中を指でぐるぐる動かして見られる、それだけのものです。Googleストリートビューを操作したことがある人なら、まったく同じ感覚です。
そして、これは技術の話じゃなくて、「あなたのご家族の歴史を、ちゃんと残しておきましょう」という話です。お孫さんの代になっても、ひ孫さんの代になっても、「ここがおばあちゃんが住んでた家だよ」と、画面の中を歩いて見せてあげられる。それを残しておく行為です。
身構える必要はありません。難しい話でもありません。話を聞くだけで構いません。「撮っておいたほうがいい気がする」──その感覚のままで相談してもらって大丈夫です。
株式会社Leoline代表 畠山 琢

