実家の解体・売却前に思い出を残す|ハウストーリー(HOWSTORY)

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【代表コラム】写真じゃ残せなかった。だからVRを選んだ。

Leoline 代表コラム

【代表コラム】
写真じゃ残せなかった。
だからVRを選んだ。

こんにちは、株式会社Leoline代表の畠山琢です。「写真もたくさん撮ってあるから、思い出は残ってる」と話してくれる方は本当に多いです。それは間違いじゃないんです。でも、僕が祖母の家を撮影したあとで気づいたのは、写真には絶対に残せないものが、あの家には山ほどあったということでした。今日は、なぜ僕が写真ではなくVRを選んだのか、その理由を正直に書きます。
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「もう帰れないはずの家に、
帰れた」実例をご紹介

ご家族がどのように思い出を残したのか、
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事例 内観写真1
事例 内観写真2
事例 外観写真
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大根、サンダル、牛乳受け──写真には絶対に映らないもの

祖母の家を撮影したあと、出来上がったVRデータを家族で見ていて、僕が一番ぐっときたのは、家のカッコいい部分じゃなかったんです。

玄関先に転がっていた、土のついた大根。三和土に脱ぎっぱなしになっていた、祖母のサンダル。勝手口の横にぶら下がっていた、空っぽの牛乳受け。台所のシンクの脇に置いてあった、すり減ったタワシ。誰も気にかけてないけど、そこに当たり前のようにあった、生活の一部。

これらは、写真では絶対に撮らないものです。撮ろうとも思わない。「思い出の一枚」を撮るときに、ピントを大根に合わせる人はいません。

でもVRは、空間まるごとを記録する技術なので、こういう「飾ってない状態のもの」が全部、そのまま映り込みます。そしてあとから振り返ったときに、いちばん心が動くのは、こういうものたちなんです

「飾ってない状態」にこそ、生活の体温がある

写真というのは、撮る人が「これを残したい」と思ったものを切り取る、能動的な行為です。被写体を選んで、構図を決めて、シャッターを押す。そのプロセスの中で、必ず「残すべきもの」と「そうでないもの」のフィルターがかかります。

そのフィルターを通った写真が悪いと言っているわけじゃありません。家族写真には家族写真の力があります。

でも、フィルターを通すと、生活感は少しずつ削ぎ落とされていきます。掃除して、服を着替えて、笑顔を作って、整った姿だけが切り取られる。残るのは「ハレ」の瞬間ばかりで、「ケ」の日常はほとんど残りません。

家族の思い出として、本当に大切なのは、たぶんそのハレの瞬間ではなくて、ハレでもケでもない、ただの日常の風景なんですよね。お父さんがいつも座っていた席。お母さんが夕飯の支度をしていた、コンロ前の景色。子どもが宿題をしていた、ちゃぶ台の角度。これらはハレでもケでもない、ただの生活そのものです。

これを残せるのは、フィルターをかけずに空間まるごと記録する方法──VRしかないんです。

白黒写真を見比べて、ぞっとした話

祖母の家を撮ったあと、僕は古い白黒写真を取り出して、VRと見比べてみたことがあります。

白黒写真には、若い頃の祖父母や、父の小さい頃の姿、お正月に集まった親戚の集合写真が写っていました。みんな笑顔で、整った服を着て、カメラ目線で。

でも、その写真を見ても、あの家の空気は、ぜんぜん戻ってこなかったんです。誰がいたかはわかる。何があったかもわかる。でも、家の中の匂いとか、廊下の暗さとか、台所の高さとか、そういうものは、写真からは何ひとつ伝わってこない。

そのあとVRを見たんです。VRには家族は誰も映っていない。空っぽの家だけが、そこにある。それなのに、そっちのほうが、はるかにあの家のことを思い出させてくれた。台所に立ったときの目線、廊下を歩いた感覚、布団部屋の天井の高さ、玄関を上がるときの段差──全部、自分の体が覚えていることが、空間を見ることでよみがえってきました。

写真は人を残す。VRは空間を残す。この違いは、思っているよりずっと大きいんです。

写真は「見るもの」、VRは「歩くもの」

もう一つ、写真とVRには根本的な違いがあります。それは体験の方向性です。

写真は、撮った人がフレームを決めて、その範囲を見てもらう。受け取る側は、そのフレームの内側を「見る」だけです。受動的な体験なんです。

VRは違います。空間そのものを残しているので、見る人が自分で「どこを見るか」を決められる。台所の奥を覗いてもいいし、天井を見上げてもいいし、窓の外の景色をじっくり見てもいい。見る人が、自分の意志で、その空間の中を歩ける。能動的な体験です。

これが何を意味するかというと、家族それぞれが、自分の覚えている景色を、自分のタイミングで、自分の見たいように見られるということです。

父が見たいのは、自分が子どもの頃に走り回った廊下かもしれません。叔母が見たいのは、姉妹で遊んだ縁側かもしれません。叔父が見たいのは、お母さんがいつも座っていた台所の椅子かもしれません。それぞれが別の景色を見たい。VRなら、それぞれの景色に、それぞれが戻れるんです。

もちろん、写真にも、写真の良さはあります

誤解しないでほしいのですが、僕は写真を否定しているわけじゃありません。

写真は、人と人の関係を切り取るには、最高の媒体です。家族の集合写真も、親の若い頃の写真も、子どもの成長記録も、写真でしか残せないものです。これは絶対に消えない価値です。

ただ、写真とVRは、残せるものが根本的に違うということを、知っておいてほしいんです。写真で残せるのは「人」と「瞬間」。VRで残せるのは「空間」と「日常」。両方あって、初めて、家の記録は完成します。

写真ばかり撮ってきた、というご家庭でも──いや、そういうご家庭こそ、最後の1ピースとして、空間そのものを残しておいてほしい。写真だけでは絶対に思い出せない、あの家の空気があるから。

失われるはずだった家が、
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家族の声 写真1
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「写真は十分撮ってある」と思っているあなたへ

「うちは写真もアルバムもいっぱい撮ってあるから、もう大丈夫」と思っている人に、いちばん読んでほしかったんです。

写真があることは、本当に素晴らしいです。それを否定するつもりは、まったくありません。

ただ、ひとつだけ確かめてほしいんです。あなたの家のアルバムに、台所のシンクの写真は何枚ありますか? 廊下の写真は? 玄関を上がったときに見える、廊下の奥の景色の写真は? 大根が転がっていた、玄関の三和土の写真は?

たぶん、ほとんどないはずです。誰も撮らないからです。撮ろうとさえ思わないからです。

でも、あの家を本当に思い出すのに必要なのは、実はそういう景色なんです。写真にはない景色こそが、家を「家」にしているんです。

残す方法はあります。家がそこにある間にだけ。話を聞くだけで構いません。「撮っておいたほうがいい気がする」──その感覚のままで相談してもらって大丈夫です。

株式会社Leoline代表 畠山 琢

畠山 琢(はたけやま たく)
株式会社Leoline 代表取締役
北海道を拠点に、解体前の住宅・歴史的建造物・乗り物などの空間記録を手がける。JR北海道、北海道新幹線、日本航空大学校、札幌市路面電車など、「二度と同じ状態では撮れない」空間の記録実績多数。「資産を守り、育て、生かす」をミッションに掲げる。
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