実家がなくなった後の喪失感、どうすればいい?
結論:喪失感は「自然な反応」で、消す必要はありません
実家がなくなった後の喪失感は、家を失ったというより、自分の人生の一部が消えた感覚に近いものです。長く帰っていなくても、すでに距離があったとしても、いざ「あの場所はもうない」と分かった瞬間に揺れるのは、ごく自然な反応です。
喪失感を「弱さ」「未練」と捉える必要はありません。それは、その家で過ごした時間に意味があったことの証です。むしろ何も感じない方が、後々ふとした瞬間に感情が噴き出してくることが知られています。
喪失感は「3つの波」でやってきます
実家を解体した家族の経験を整理すると、喪失感は1度きりではなく、時期をずらして3回押し寄せてくる傾向があります。今の自分がどの波の中にいるかを知るだけでも、対処の選択肢が変わります。
第1波:解体直後〜1か月(衝撃の波)
更地を初めて見たとき、重機が入っているのを目撃したとき、最後の鍵を閉めたとき。物理的な「無くなる瞬間」に直面するこの時期は、感情が強く動きます。眠れない、ふと泣いてしまう、何度も現地に足を運びたくなる――どれも珍しい反応ではありません。
第2波:1〜3か月(空白の波)
実務がひと段落して、生活が日常に戻り始める頃です。「もう寂しくないはず」と自分に言い聞かせていたのに、急に夢に実家が出てきたり、写真を見返して涙が出たりします。これは衝撃に追いついた感情が、遅れて姿を現すフェーズです。
第3波:半年〜1年(記念日の波)
命日、お盆、年末年始、解体した日付の月命日。節目のたびに「あの家ならこうしていたのに」という想いが立ち上がります。波としては第1波より穏やかですが、長くゆっくり続くのが特徴です。
喪失感を抱えたままで、できる3つのこと
消そうとせず、抱えたまま生活に取り込む。そのための具体的な行動を3つ挙げます。
- 「ありがとう」を声に出して言う──更地に立ち寄ったとき、写真を整理しているとき、家族で集まったとき。形式的でなくて構いません。家に向けて声に出すことで、感情が出口を持ちます。
- 家族で記憶を共有する場を1度作る──集合する必要はなく、グループLINEで「あの台所のこと覚えてる?」と切り出すだけでも十分です。1人で抱えると重い喪失感も、同じ家を知る人と分かち合うと軽くなります。
- 残せるものを残しておく──写真、動画、間取り図、思い出の品。すでに解体が終わっていても、家族が撮った写真をデジタル化したり、まとめてフォルダにする作業は喪失感のセルフケアになります。
「やっておいて良かった」と振り返る人の共通点
解体後しばらく経って「思ったより穏やかに過ごせている」と話す方には、いくつかの共通点があります。
解体前に「お別れの時間」を持っていた
家族で集まる、最後の食卓を囲む、家の中を歩き回って写真を撮る。形は様々ですが、「自分なりに見送った」と感じられる時間を作っていた方は、後の喪失感が和らぐ傾向があります。
記録を残していた
写真や動画、最近ではVR空間記録など、家の姿そのものを残せる手段を使っていた方は、「いつでも戻れる」という心の支えを持っています。記憶だけでは時間が経つとぼやけていきますが、記録があると感情ごと呼び戻せます。
喪失感を「個人差のあるもの」として認めていた
家族間で感じ方が違うこと、自分が一番強く感じていること、それを「仕方ない」と認められていた方ほど、孤独感を抱え込まずに済んでいます。
喪失感が長引いたら、感情の正体を見にいく
3か月以上経っても日常生活に支障が出るほどの喪失感が続く場合は、一度「自分が失ったのは家そのものなのか、それとも別の何か」を見つめ直すヒントになります。家を通して感じていた、親との関係、子ども時代の自分、家族としてのまとまり――失ったものの輪郭が見えると、向き合い方が定まります。
このテーマは、実家の解体が寂しい|心の整え方と後悔しないための準備(教科書)に、寂しさの正体を4つの感情に分解して詳しく書いてあります。「もっと深く理解したい」と思った方の入口に向いています。
まとめ:喪失感は「忘れる」ではなく「持ち歩ける」ものに
実家がなくなった後の喪失感は、消すのではなく、抱えたまま暮らしに馴染ませていくものです。3つの波があることを知り、ありがとうを口にし、記録を残し、家族と共有する。この4つの動きで、喪失感は持ち歩けるサイズに少しずつ変わっていきます。
ハウストーリーは、株式会社Leolineが運営する、実家じまいや解体前のVR空間記録に関する情報メディアです。「壊す」の前に「残す」という選択肢があることを、一人でも多くの方に届けたくて続けています。
監修:畠山 琢(株式会社Leoline 代表取締役)/制作:ハウストーリー編集部